始まり:出立

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 つまりアレックスはカナエールからの祝福、勇者を勇者たらしめる力を使おうとして、暴走させ倒れたのだという。姉から使用禁止令が出るのも当然と受け止め、ブライアンに平謝りする。
「大丈夫だよ、俺生きてるし、当たっても丈夫だし!」
「でも……」
「大丈夫だって! あ、何なら敬語も止めていいぜ、本来首飛ぶのこっちだし」
「……そんな偉いものなのかな……これじゃ勇者っていうより危険物じゃ……」
「本当にね。私より魔法使える! ってイキってた癖に」
「姉貴はヒールⅠ以外まともに使えないもんな」
 鈍い音を立てて背中を殴られる。レナックスは怪力を誇る代わりに不器用で魔力も比較的……あくまで勇者の一族の中では比較的少ない。尤もこの田舎の漁村では魔力持ちの方が遥かに珍しいので、彼女も十分優秀な部類なのだ。
「しかし凄いな、俺魔力すっからかんだからさ」
「魔法は貴族の特権みたいなもんだからね。遺伝性じゃどうしてもそうなるのは仕方無いけど。ところで」
 レナックスがアレックスを指す。
「どうする? この危険物。将来的にはあの力も制御できるようにならなきゃいけないだろうけど」
「取り敢えずサモンさんに見せてみてどうするかですねー。あの人、魔力制御の専門家だから」
「ああ、魔法審問官の一族だもんね」
「そうそう。俺みたいな生まれつき魔力が使えない奴でも魔術を使えないかって研究してるんですよ」
 たまに血とか持ってかれる、と語られて弟が実験動物として扱われるのを危惧したのか、レナックスの顔が険しくなる。
「……アレックスが望まないことはしないって条項、きっちり保管してあるからね」
「んー、ああ、大丈夫ですよ。そういうのには人一倍厳しい人だし」
「なら良いけど」
 それで、と続ける。
「王都への旅はいつ出るの?」
「俺としては早い方が良いですけど……挨拶とか、色々ありますよね」
「まあね」
 その後の話し合いで、出立は三日後と決まった。ブライアンは村唯一の宿屋に泊まるらしい。
「あ、ブライアン。あんた年上にモテそうだから言っとくけど、絶対に宿屋から出ない方が良いよ」
「……? 分かりました」
 それじゃ! とブライアンが家から出ていく。二階に登って窓を開け、そろそろと様子を伺うと。
「あらあ、あんたマーゼルゲイズさんの知り合いかい?」
「うーん、さっき知り合ったばっかりですね」
「じゃあ旅人かい。珍しいねえ。どうだい、小遣い稼ぎにうちの雨漏り直していかないかい?」
「あ、昔やってたんで得意ですよ!」
「おお、がたいの良いのがいるね。丁度うちの煙突が……」
 だから言ったのに、とレナックスが呟いた。

 この村の男衆は基本的に漁に出ているため、勇者一家は村の力仕事を頼まれることがある。その一家がばたばたとしているのを察したのか、挨拶回りに向かうと歓迎こそされど、いつものようには力仕事を頼まれなかった。代わりに。
「助かるよ、最近足をやって川まで行けなくてね」
「大丈夫ですよ! 俺力あるんで隣の家の分も持ってきますね!」
「息子が街に出ていって薪割りをこなせるのがあの人しかいなくてね……」
「割ってきますよ! あそこに積み上がってるので良いですか?」
「何だか扉の建付けが悪くて……」
「ちょっと見てみますねー」
「魚を干すのを手伝ってくれないかい?」
「洗濯みたいですね!」
「……何で挨拶に行く先行く先にあいついんの?」
 もはや増殖しているのではないかと思う程であった。しかも出会う度に、また会ったな! とあの大音量で叫ばれるのだ。一度家の陰から見張ってみると、どうやら彼の噂が狭い村に一瞬で広まり、仕事を終えて受け取った手土産を宿に持って帰るまでの間に次の仕事を頼まれているらしい。手土産が最早大荷物となっていた。
「とりあえず次の家が最後だけど……」
「お、アレックスとレナックスさん! 奇遇だな!」
「最早必然だよ」
 椅子の脚を直しているブライアンを放って旅に出る旨を説明する。若い子が二人も、寂しくなるわね、という言葉はもう何十度も聞いたが、それでも胸は痛む。
「夫はまだ漁だし、夜にご馳走するから是非来ない?」
「ありがたいんですけど……村総出で明日祭りを開いてもらうことになっちゃって」
「あらあら」
 腕が鳴るわ、と微笑む婦人に、直りましたよーとブライアンが声をかける。
「とりあえず四本とも作り直したんで、前より壊れにくいとは思います」
「ありがとうね。お礼にこれどうぞ」
「え、良いんですか!? ありがとうございます!」
 この婦人は反物屋だ。丁寧に織られた布を受け取って、ブライアンは大事に大荷物の袋にしまった。中身を見せてもらうと、保存食、調味料、毛皮、装飾品……等が、壊れないよう綺麗に整理されて入っている。
「……何か慣れてるね。色々と」
「んー、まあ、小さい頃から周りの方が親切だったんで」
 よいしょ、と荷物を持ち上げ。漸く宿へ帰って行く背中を見送る。
「都会の人も親切なんだね」
「……いや、あれはきっと……」
 レナックスが言いかけて止める。
「……人の過去は詮索するもんじゃないね」
 アレックスにはその言葉の意味は分からないまま、自分達も出立の準備をするために家へと戻った。

 出立の日。アレックスは旅の荷物を背負い、いつものロングソードを腰に付けて。レナックスは荷物手に双剣を背中に背負い、朝焼けと共に家を出た。いつもは朝に弱いロレックスも、またね、と扉の前で父母と共に手を振っている。
「……リナ、まだ拗ねてるのかな」
「半端に幼い方が残酷だからね。リナは私達が帰って来ないかもしれないと理解しちゃってる」
「……帰って来たいね」
「帰るんだよ」
 ブライアンと馬車は森の入口で待っていた。荷台の荷物を入れる部分に荷物を詰め込み、村を振り返った。
「別れは済ませてきたか? 反抗期でもちゃんと言ってくるんだぞ」
「俺もそのくらい大事なのは分かるよ……」
 リナックスのことが胸に引っかかって。けれども、昨夜からベッドに籠城してしまった彼女に何と言えば良いのか分からない。
「……アレックス、大丈夫?」
「うん……もうちょっとだけ眺めて、行こう」
 赤く染まった故郷の海。当分は見られない景色だ。それを目に焼き付けて、馬車を振り返ろうとして。
 小さな影が一つ、村の門から覗いている。
「…………」
「はは」
 レナックスが笑う。行ってこい! とアレックスの背中を叩いた。
 人影が逃げる前に、門まで一気に走る。
「リナ」
「! お兄ちゃん……」
 泣き腫らした目がアレックスを見上げる。目をこすると、キッとアレックスを見つめた。
「……待ってるから。行ってらっしゃい」
「うん。行ってきます」
 そのまま門の傍にいるかと思いきや、馬車までくっついてくるので。
「……お姉ちゃんも、行ってらっしゃい」
「行ってきます。親父とおふくろを頼んだよ」
 二人で彼女の頭を撫でて、馬車へ乗り込んだ。
 そうして、馬車は太陽に向かってゆっくりと走り出した。

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