西部街道:夜を越えて
この大陸は、二つの巨大な島をくっつけたような形をしている。南部は山脈で接続され、北部は大河で分断されており、巨大な橋で接続されている。橋の西側には星霊教の総本山である星都スターリアが位置しており実質的な防衛の要となっている。そして東側には東部中立帯——この十年にわたる戦争の、主戦場があるのだという。
王都まで繋がる西部街道を馬車で走りながらそんな説明を受ける。さっぱり実感が湧かない、というのが正直な感想だ。そもそも、アレックスにはずっとどこか実感が無かった。朝に家を、村を出たというのに、夜眠って目が覚めたらいつものベッドにいる気がするのだ。ましてや世界で戦争が続いていて、自分が勇者で、それを止めろ、など。
「実感無いか?」
ブライアンが問う。正直に頷くと、彼はからからと笑った。
「だよな。正直、王都の人達も兵士以外は実感無いって人が大半だよ。この戦争は、王国対魔王国……ってことになってるけど、もうぐっちゃぐちゃになった東部での紛争の集まりってのが正しい言い方なんだってさ」
「紛争の、集まり」
「村一つを巡る人と魔物の、あるいは人と人との戦争だな。そういうのが集まってるんだ。意外と中立帯も端っこの大都市は平和らしいぜ」
「割を食うのは弱者だけ、か。嫌な話だね」
「十年前の開戦当時は王国軍も沢山出て戦ったんだけどな。今は持ってる拠点への駐屯に留めてるらしい」
「あんたは詳しくないんだ」
「俺はサモンさんの私兵だからなー。王国軍……王様の兵士はスターリアに送られたり、中立帯に送られたりするらしいぜ」
村での三日間で、三人はすっかり敬語も抜けていた。馬車の荷台は、ブライアンが持ち帰る大量の手土産で圧迫されている。
「そうだアレックス、料理ってするか? 貰った調味料、俺良い使い所分からなくてさ」
「うん。多分小魚を乾燥させて砕いたやつだよね」
「……私には聞かないんだ」
「魔術が得意な奴は器用で料理上手っていう経験則があってさ」
「私はどうせ不器用だよ」
「そうだ、ブライアン」
かねてから気になっていたことを尋ねる。
「その、魔術って何? 魔法とは違うの?」
「えーっと……古いのが魔法で新しいのが魔術? だったかな……サモンさんに訊けば詳しく教えてくれるぜ」
「私も魔法は門外漢だからね。ただ、王都では皆魔術って呼んでたな」
「へえ」
揺れる馬車の中でそんなことを話しながら。街道を馬車は東へと進んでいく。
次の町まで、馬車で三日程だという。当然、行うのは野営だった。
「いやあ、三人だと心強いな! 俺一人の時は、夜通し見張りして昼に馬車で寝てたぜ! たまに御者の人に叩き起こされて魔物倒してさ!」
焚き火を用意しながら、ブライアンが豪快に笑う。
「貰った干し魚で魚介スープ作るか! あ、この野草食えるんだよな」
ブライアンが荷物から鍋を引っ張り出し、具材をぽんぽんと放り込んでいく。水は、付近の水場から手に入れた物を使うらしい。
「……汚くない?」
「こういう時用の魔術道具の試作品を貰ってるからさ。問題は水場だけど……無いから、こういう植物探せるか?」
ブライアンが懐から取り出した手帳に、トマトを寸胴にしたような実を描く。
「緑色の実なんだけどさ。見つけて振ってみたらチャポチャポ言うから分かるぜ」
「あー、あの実か。……いや、水持ち運びなよ」
「道具があるから油断してさ……一応飲み水はちゃんとあるぜ?」
三人で森に分け入り一刻後、目当ての果実が六つ程集まった。
「ありがとなー。これを割って絞って……よし」
鍋を満たすほどになった水に、絞った後の果肉を小さく切って入れていく。こうすると風味が良くなる、らしい。果肉自体はほぼ無味だそうだ。
「あ、パン切っといてくれ」
「はーい」
初めての野営に、心なしか高ぶる気持ちを抑えつつ乾パンを切り分ける。自分は大きな使命を背負った勇者なのだ。……しかし、旅に浮かれるくらいしても良いのでは?
そうして用意された食事を、御者も入れた四人で囲む。ブライアンは料理も得意らしい。魔法以外何なら出来ないんだろうな、とブライアンを眺めていると、おかわりか? と尋ねられる。
「ううん。美味しいなって」
「へへ、ありがとな」
そうして食事を終えて。最初の見張りはブライアンとなった。焚き火の前で胡座をかいた彼におやすみと言い、馬車へ入る。寝袋を床に広げ、目を閉じて。
もぞもぞと動き回る。妙に目が冴え、今から夜通し走ったら朝に村に帰れるかな、と突飛もない思考が走り。それを振り払うようにまた寝返りを打つ。
「……寝れない?」
「寝ようとしてた」
「強がんな。私も最初の夜はそうだった」
隣の寝袋から手が伸びて、アレックスの頭を撫でる。
「大丈夫だ。親父達も私達も、同じ夜を生きてる」
「……何それ」
「交易の人が言ってたんだよ。故郷の妻子を思い出したらこう考えるんだって」
同じ夜を、生きている。リナックスは、まだ泣いているだろうか。ロレックスは、自分がいない夜を泣かずに越えられるのだろうか。
そんなことを考えているうちに、眠りに落ちた。
「アレックス、見張りだよ」
レナックスに起こされる。寝袋からもぞもぞと這い出すと、自分の隣ではブライアンが眠っていた。
「じゃあ、朝までお願い。怖かったら起こしな」
「怖くないし」
レナックスの笑い声を背に、焚き火の前に座る。パチパチと音を立てる赤色の中に、時折その辺りの枝を放ってやって。ふと空に目をやると、故郷と全く変わらない星空が広がっていた。尤も、かなり朝が近い時間の星座だが。
「……同じ夜、か」
きっと今頃、父親は森の中で魔物を狩っている。母親はそろそろ起き出して、朝食の準備をしているのだろう。自分達二人が抜けた穴を埋めるために、リナックスはこっそり家事の練習をしていた。十歳の彼女だが、作られた朝食を温めてロレックスに食べさせることは出来るはずだ。そうして子供だけの家で、父親の帰りを待つのだろう。
幼い頃貰って振り回す代わりに振り回され、今はすっかり手に馴染む大きさになったロングソードを胸に抱いて、焚き火を見つめる。
怖くないと言えば、嘘になる。いつ闇の中から魔物や大型の獣が飛び出すかと、手汗が滲んでいた。
それでも自分は、この途方もなく広い空に見守られた世界を救わなければならない。ならば今夜、姉に縋っている場合ではなかった。
まずはこの夜を一人で過ごす。次は夜が怖くなくなる。そうして強くなっていくのだ。
いつの間にか、東の空は僅かに黄色い光を放っていた。