西部街道:初めての依頼
「そこの御三方。さぞ腕の立つお方とお見受けする。拙僧の話を聞いてはくれませぬか」
次に辿り着いた町で三人を呼び止めたのは、青い僧服に身を包んだ年配の人物だった。
「えー……私達目的地があるから、近場でね? で、どこで何倒すの?」
「おお、話が早い! 実は近頃、郊外の畑を魔物が荒らすようになりまして」
「駐屯兵に頼みなって話じゃないってことは大物?」
「ええ! どうやら奴ら、頭を作ったようで。群れを成してやってくるので、自警団も負傷者を多く出しておりまして……奴らは晴れの夜にやってきます。どうか討伐してはいただけませぬか」
レナックスがブライアンに振り向く。
「どうする?」
「ここは王国の穀物基地の一つだ。俺としては討伐して、ソフィエステッド家から国に恩を売っておきたいな」
「俺も……困ってるなら、助けたいな。最近スターライトを撃てる数が増えたし、群れの相手なら得意だよ」
「決まりだね」
レナックスは僧侶に向き直ると、指で路銀のジェスチャーをして。
「で、こっちは?」
報酬の半額を前金として受け取り、レナックスはほくほくとした顔をしていた。
「困ってるならただで……」
「こういうのはちゃんと金なり物なりを取っとかないと、他の旅人が困るんだよ」
「人はつけあがるからなー」
ブライアンの口かららしからぬ言葉が飛び出る。
「そうそ。というわけで、私達が前金を受け取ったのは私達のためであり他人のため! こういう町は、私達の村みたいな相互扶助では回ってないんだよ」
「そうごふじょ……」
男性陣の声が重なる。
「……助けた相手が当たり前に助けてくれるわけじゃないってこと」
レナックスの呆れ声に、二人揃って小さくなる。アレックスは頭が悪いわけではないが、語彙が多いわけでもない。素朴な村の生活では、限られた語彙で生活していたためだ。ブライアンは……座学が苦手なのだろう。
「ともかく、荷物を貸し倉庫に預けに行こうか」
「え、宿屋に置いといたら?」
「夜は空けるんだ。店の奴に盗まれるよ」
何だか、世界の人々は荒んでいる。それとも、故郷が平和過ぎるのだろうか。
カナエール様もこんな世界は嫌なんじゃないかな、と考えながら、貸し倉庫へと歩くのだった。
結局、宿屋はとらなかった。この日は晴れだったため、夜を待って郊外の畑を歩く。証人として、依頼人の僧侶も連れて。
「いやー、今日来たら楽なんだけどね。あ、僧侶さん、解決したらソフィエステッド家の関係者がやってくれましたーって国に一筆よろしく」
レナックスはどんな目に遭ったらここまでこの世界に適応したのだろうか。そんなことを考えながら彼女について歩く。
「ちなみにどんな魔物?」
「一角兎です。負傷した兵士によれば、喉や心臓を的確に狙ってくるのだと」
「うげ、知能ある奴か。嫌だね」
レナックスと僧侶の会話を聞きながら、ブライアンの様子を伺う。彼はしきりに周囲の畑を気にしていた。
「ブライアン」
「ん、どうした?」
「ここって何の畑なの?」
「この辺り一帯、全部ジャガイモだな。この国の穀物と言ったらジャガイモ、その後小麦なんだ」
「そうなんだ……俺の村には、乾パンばっかり交易で来たけど」
「まあ、ジャガイモは保存性がなー。その代わり痩せた土地でも育つから、東部ほど土が豊かじゃないこの国でもわんさか育つんだってさ」
「へえ。……東部は、この国じゃないの?」
その問いに、ブライアンは思い出すように目線を動かした。
「んー、あそこは中立帯って呼ばれてて、この国のものでも、魔王国のものでもない土地なんだ。土も水も豊かで、昔は人と魔物が仲良く暮らしてたらしい」
「……そんなに良いところが、今は戦争中なんだ」
「まあ、良いところなら皆欲しくなるからな」
「……何か、悲しいね」
故郷のように、助け合って、譲り合って生きていければいいのに。そんな願いは、世間知らずの絵空事なのだろうか。
「良いところといえば、マーゼル村も良いところだったな。気候が穏やかで、漁獲量も毎年安定してるらしいし、何かあっても勇者一家が解決出来る。ほぼ独立して存在してて、外部の騒乱に巻き込まれない。老後はあそこに引っ越そうかな」
「おいでよ。ブライアンなら皆喜ぶよ」
ブライアンが笑う。その笑い方を聞いて、何となくこの人は王都に骨を埋めるんだろうな、と考えた。何かを遠慮している人の笑い方だ。……アレックスには都会は恐ろしいところに思えるけれど、きっとブライアンにとっては唯一の故郷なのだろう。
「二人共、この辺で張ろうか」
丁度ジャガイモ畑の中心地らしい。どっかりと腰を下ろしたレナックスに続いて、二人も地面に座った。
夜は、長い。
つい、うつらうつらとしていた。
「……来たよ」
レナックスから強く肩を叩かれる。頭を振り、一角兎の群れを視界に捉え——
「……でかっ!」
兎と聞いて、てっきり大きくても膝より下だと考えていた。それが、遠目で見ても人間の半分程はある。そこに、体長と同じくらいの長さの鋭い角が生えているのだ。それが群れを成して、こちらへ迫ってくる。
「限界まで引きつけて、スターライトをぶっ放して。最悪逃げられる前に親玉を倒せれば良い」
こくりと頷き、兎を待つ。アレックス達の気配を察したのか、数十歩先で最前列の兎が止まった。そこを見計らって。
「"昏き空の輝きよ、我が声のもと舞い降りよ"」
光の矢が群れの後方を貫き殲滅する。同時にブライアンとレナックスが飛び出した。
「"裁きの光よ、彼の者の罪をお禊ぎください"」
しわがれた、しかし貫禄のある詠唱が響く。僧侶の手から閃光が放たれ、兎達を一列に薙ぎ払った。驚いて彼を見ると。
「拙僧も戦わないとは申しておりませぬからな!」
「ありがとうございます!」
そして、第二波を用意する。ブライアンとレナックスは、最前列の一角兎を狩り殺し、群れの中心にいる一際大きな一角兎に向かって行った。
「"昏き空の輝きよ、我が声のもと舞い降りよ"」
第二波が、逃げようとしていた兎達を貫く。以前ならここで撃ち止めだったが。
「"昏き空の輝きよ、我が声のもと舞い降りよ"!」
旅の間に撃てるようになった、三発目。レナックス達と親玉の間の兎を殲滅する。
「それじゃあ、ぼ……俺も行ってきます!」
走り出し、レナックス達の背中を狙っている兎達の首を刈り取る。魔物相手なら、剣を振るえるようになっていた。
「背中背中……っ!」
背後に風圧を感じ、身体を捻る。つい一瞬前までアレックスの心臓があった場所を角が貫いていった。
止まったら死ぬ。振り向いた勢いで斬り払い、そのまま次の兎へ。そうして無我夢中で斬り、避け続け。
気が付けば、自分に向かってくる一角兎はいなくなっていた。一息ついて周囲を見渡すと、散り散りに逃げていく一角兎達と、一際大きい死体の前で手を振るブライアン、一角兎を追って背中から狩り殺すレナックス。やがてレナックスも兎を追うのを止め、戻ってきた。
「死体の処理は?」
「明日の朝、農民総出で処理いたします。良い肥料になっていただく他、失った作物の補填は出来ませぬ」
「そうだね。じゃあ私達は帰ろうか。明日残りの報酬よろしく」
「ええ。教会においでください」
そうして町に戻り、教会に止めた馬車に乗り込む。三人は寝袋に潜り込むと、何も言わずに眠りについた。
明朝、レナックスは教会へ依頼金の残りを受け取りに行った。ブライアンとアレックスは宿屋をとり、貸し倉庫から荷物を移す。
「そうだ、ブライアン」
「何だ?」
マーゼル村の人間は貨幣経済に疎い。そのため、確かめておきたいことがあった。
「お金って、どうするの? 分ける、とか?」
「うーん、俺はサモンさんから旅の分の特別手当貰ってるし、アレックス達のお金にして良いと思うけどな」
「……何となくだけど、姉貴は俺達とブライアンで半分ずつって言いそうだなって」
「それなら俺に三分の一、二人に残りだろ。人数比的に」
「うーん……」
故郷なら貸し一つで済んでいた話だ。貨幣というものは、難しい。
「まあ、その話はレナックスが戻ってからにしよう。それより、今後の日程だけど」
ブライアンが地図を広げる。
「俺達がいる町はここ。街道沿いの最後のでかい町だ。この後は農村で補給をしつつ、一月かけて王都へ向かう」
「王都……」
未だ実感が無いが、アレックスはそこでソフィエステッド卿に会うのだ。国でも有数の地位を持つ者に。
「……王様への謁見もあるだろうから、最初にマナーを叩き込まれるかもな」
「えっ」
それは聞いてない! とブライアンの顔を凝視する。
「まあ、俺でも覚えられたから大丈夫だよ。それと、俺達の旅にもう一人加わることになる」
「どんな人?」
「まだ子供……アレックスの村ではぎりぎり大人か。十六歳の女の子で、サモンさんの義理の娘だ」
仲良く出来ると良いな、と考えるアレックスに、とんでもない情報が与えられる。
「それで……王国で二番目の魔術師だよ。ちなみに一番はサモンさん」