西部街道:初めての町

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 野盗の襲撃から更に一日が経過し、一行は経由地の町へと辿り着いた。
「やったな、ベッドで寝れるぞ!」
 ブライアンが努めて明るい声を出す。宿屋に向かう馬車の中から外を覗いて、町を歩く人々を見て。
 吐き気が込み上げ、口を抑えた。その様子を見ていたレナックスがアレックスを抱きしめ、頭を撫でる。必死で別のことを考えようとして、記憶を呼び起こす。
「……姉貴、俺が凄い小さい頃もよくこうしてたよね」
「だって、あんたすぐ泣くんだもん。私に木剣取られたとか、私が剣貸してくれないとか、私に最後のクッキー食べられたとか」
「……木剣取ったのは姉貴が悪くない?」
「やかましい」
 額をこつんと突かれる。
「あー、仲良くしてるとこ悪いんだけど、アレックス、部屋どうする? 俺と同じにするか、レナックスと同じにするか」
「え……」
 家では兄弟全員同じ部屋に押し込められているため別にレナックスと同じ部屋でも良いのだが。アレックスには男子だけの部屋というものに憧れがあった。何せ物心ついた時から姉と同じ部屋で、姉が修行に出る頃には妹が部屋にやって来ていた。村の兄貴分から聞けば、歳の近い兄弟は何やら部屋で怪しい話も出来るのだという。怪しい話、とは何かと尋ねる前に、その兄貴分は母親から首根っこを掴まれていってしまった。
「ブライアンと同じ部屋にする」
「ちょ……散々甘えといて……」
 御者は別で部屋をとるのだという。雇われの御者のため、ブライアンも同室は気まずいのだそうだ。
「じゃあ、東部への旅の時は別の人が御者をするの?」
「その時は俺だなー。馬車も、もうちょい装甲つけてでかいやつにするし」
「……姉貴も、その旅に来るの?」
「私は行くつもりだけど。ソフィエステッド卿から何か言われない限りね」
「……うん」
 レナックスの服の裾を掴む。彼女とは六つ差の姉弟だ。最早第三の親のような彼女が来てくれるのは心強かったが、故郷の両親は彼女がいなくて大丈夫だろうか。
「……親父もおふくろもどうにかするよ。大体、私が小さい頃もそうやってたんだから」
「そっか」
 そんな、諸々の心配は。宿屋に着くなり吹き飛んだ。
「え、お店がくっついてる!?」
「ああ、酒場だな。飯はあそこで食うと割引してくれるんだ」
「ベッドが二つ……! 男子部屋……!」
「デカいのが同室でごめんなー。ちょっと鎧置くぜ」
 部屋に入って数分後には、アレックスは日向ぼっこをする子犬のような顔でベッドに転がっていた。
「町って凄い……」
「王都はもっと凄いぞ? しかも、サモンさんのお屋敷に住むことになるからな」
「……また二人部屋?」
「いや、一人部屋だろ。貴族のお屋敷だぞ」
「一人部屋……!」
 魅惑の響きだった。早く王都に着かないかな、と現金な思考のアレックスに、ブライアンが静かに問う。
「……着いて早々で悪いけど、もう一度手合わせしても良いか?」
「? うん」
 アレックスは、まだその意図が分からなかった。

 宿屋の裏手で、布を巻いた剣を向け合った。その瞬間。
 胃がひっくり返るような感覚だった。迷惑だからと胃液を飲み下し、身体の反射を押さえつけるために屈み込む。
「ごめんな、嫌なこと思い出させて」
 ブライアンが剣をしまい、アレックスの背中をさする。
「げほっ……ごめん、だい、じょうぶ」
「無理しなくて良い。水飲むか?」
「うん」
 渡された水筒を飲み干す。……困った。これでは、修練が出来ない。
「落ち着いたか?」
「うん。……越えなきゃいけない。そうだよね」
「……ああ」
 答えを聞いて立ち上がる。数歩離れて、剣を抜き放った。震える切っ先をブライアンに向け、逃げ出したくなる衝動を抑える。ブライアンもそれを察したのか、黙って剣を構えたまま立っていた。
 震えが収まったら一歩先へ。再び震えだした切っ先を必死で抑え込む。人を殺す罪悪感は消えないかもしれない。消えない方が良いと重っている自分もいる。消さなければいけないと思っている自分もいる。ただ今は、戦えるようにならなければならない。
 そうして日が暮れる頃には、剣同士が触れるまであと一歩のところまで辿り着いていた。それ以上は、まだ進めない。
「……飯、食いに行くか」
「うん」
「この町は山羊肉が美味いんだ。バターポテトもあるぞ」
「バター……!」
 マーゼル村では肉もバターも貴重品だった。目を輝かせながら酒場へ向かう。一足先に席を確保していたレナックスが、既に酒を飲んでいた。
「……姉貴、その赤いの何?」
「ワイン。安物だけどね。村じゃ飲めないからさ」
「俺はビールだな。やっぱ旅の後はこれ!」
「……むー……」
 レナックスからの言いつけを思い出す。村の外では、アレックスはまだ子供だ。その様子を見ていたレナックスが、隣の席の男に問う。
「おっちゃん、この町の成人年齢っていくつ?」
「あ? 十六だ。そこの坊主か?」
「御名答! お礼にポテト奢っちゃう!」
 そのまま楽しげに話しだした姉を唖然として見ていると。
「ワイン、飲んでみるか? 最初だし白の方が良いと思うけど」
「うん!」
 その後、かろうじて飲んだことのあったビールとは比べ物にならない強さに呆気なく酔い潰れ、部屋まで背負われていったのだった。

 キン、と軽い音を立てて、剣の刃先同士がぶつかる。滞在して三日目、漸く剣が触れ合う距離まで近付くことが出来るようになったのだった。相手役をしていたレナックスの目が細められる。
「打ち合えそう?」
「……ちょっと無理……」
「そう。まあ、ゆっくりだね」
 彼女は剣を収めると、アレックスの頭をゆっくり撫でる。
「……最近姉貴、優しいね」
「厳しい方が良い?」
「やだよ」
 家にいた頃は散々木剣で打ち据えられ、叱責を飛ばされ、家事を手伝わされていた相手だ。最初からこのくらい優しかったら自分も素直に言うことを聞くのに、と口を尖らせる。
「……まあ、何ていうかさ……村にいた頃は、多少雑に扱っても明日があったから」
「雑にって」
「今は、いつ何が起こるか分からないからね。どう関わりたいか、ちゃんと考えたんだよ。私も」
「ちゃんと考えてないから厳しかったんだ」
「……まあ、ね」
 今日は補給を終えて町を発つ日だった。二人で馬車に乗り、最後の買い出しに行ったブライアンを待つ。
「次の町はもう少し大きいからね。そろそろスリにも気をつけなよ」
「はーい」
 もう人混みを見ても平気になっていた。布の隙間から外を覗きながら答える。
「……村に帰って来た後はね、いつ勇者の神託が来るかって考えてたから、余裕が無かったんだ」
「え?」
 突然何を? と振り向く。彼女は穏やかに笑っていて。
「それがまだ成人したばっかの小さい弟に神託が下って。情けない姉だけど、今妙に余裕があるんだよ。悩みが無くなって現実を生きるしか無くなったからね」
「それで俺に優しいの?」
「それもあるかもね。でも、明日をも知れぬ世界にいるんだ、優しくもなるよ」
「…………」
 アレックス一人ならいざ知らず、レナックスとブライアンがいるのならばそうそう死なないのではないか? そう口に出すには、彼女はあまりにも覚悟を決めたような、故に静かな目をしていた。
「ただいまー。そんじゃ、忘れ物無いか? 出発するぞ」
 荷物を積み込み終わったブライアンが馬車に乗る。三人はそうして、町を後にした。

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