王都:二番目の魔術師

|

 王都ミッドスクエアは、城壁に囲まれた巨大都市だ。建国戦争の巨大要塞から発展したこの街は、王国一の大都市として綺羅びやかな建築を誇っている。
 街の南部区画は丸ごと農業区画であり、獣害に悩まされることもなく国一番の農業都市でもあるらしい。東部区画と西部区画は商人や兵士の家族、聖職者の街であり、北部区画は軍と貴族、そして王族の街であるという。
 西の城門からミッドスクエアに入ったアレックス達は、馬車に乗ったまま北部区画を目指した。馬車から覗いた外の景色全てが新鮮で、身を乗り出したアレックスは馬車から落ちそうな程だった。
「今日からここに住むから、後でいくらでも見れるからな」
「って言っても、北部区画からじゃ遠いから、当分見納めかもね」
「はは。俺東部区画から馬で通勤してるからなあ」
「珍しいね。住み込みじゃないの?」
「持ち家があるからさ。つっても俺が帰れない間は誰もいないんだけど」
 あれ、と尋ねる。
「妹さんは?」
「子供一人で留守番させるわけにもいかないからさ。同期の家に預かってもらってる。俺達の家よりずっと豪華だから、案外帰りたくないのかもなあ」
「ソフィエステッド卿の屋敷じゃないんだ」
「そっちでも良いんだけど……妹が同期に稽古つけてもらってるからさ。じゃあもう泊まった方が楽だよなって」
「それもそうか」
 再び外に目をやる。北部区画が近付くにつれて、町並みにはより豪勢な家が増えていく。
「この辺は商人の家だな。でかい商人は貴族や軍に呼ばれることも多いから、北部の近くに家を建てるんだ」
「へえー」
「後は、スターリア相手に交易してる奴らもこの辺か。商人を取りまとめる組織の拠点があるから便利なんだってさ」
「……街って、色々考えて作られてるんだね……」
「この街は元々要塞だったから尚更ね。最悪何年でも籠城出来るように造ったんだってさ」
「……戦争……」
 この街には、かつての兵士の血が埋まっているのだろうか。そんなことを考えて、浮かれていた気分が萎んだ。馬車は北部区画へ入るための門に差し掛かり、ブライアンが門番と世間話をしている。
「おまたせ。いよいよ北部区画、この国の中枢だ」
「何話してたの?」
「王国軍の給料とか飯について。案外こういうところに景気が出るから情報を集めてこい……ってサモンさんから言われてんだ」
 北部区画の建造物は、アレックスでも分かる程西部区画とは一線を画していた。洗練のされ方が違うのだ。
「この辺は新しめの貴族の家だなー」
「貴族って増えるの?」
「増えたり減ったりだな。不祥事を起こせば地位を剥奪されて追い出されるし、無能でも追い出されるし。だから蹴落とし合いとか暗殺もあるんだよ」
「……怖いね」
「そういう意味じゃ、うちは王都一安全だから安心し……あ、これ忘れてた」
 ブライアンが荷物から正八面体の石を取り出す。表面には幾何学的な溝が彫られていた。
「二人共、これ持っててくれ。サモンさんの家に入って良いって印なんだ」
「付けないとどうなるの?」
「家の門を入った瞬間——」
 ブライアンにしては珍しく勿体ぶった後。
「爆殺される」
 その後馬車がソフィエステッド家の門をくぐる間、姉弟は互いにしがみついて震えていた。

「ようこそおいでくださいました、勇者様、ご家族様」
 庭園を通り抜けて屋敷に入った三人を出迎えたのは、白い髪に分厚いコートを纏った女性だった。彼女はしっかりアレックスを勇者として認識したらしい。
「……よく私が家族って分かったね」
「魔力からカナエール様の眷属でいらっしゃることが分かったので、ご家族と判断いたしました」
「……眷属……?」
「勇者の子孫を、そう呼んでおります。カナエール様の御力の一部を持つ存在であるので」
 アレックスは成程と頷いたが、レナックスは尚も納得がいかない顔をしていた。
「だとしても……魔力から見破れた魔術師は、今まで一度も……」
「あ、アイスは人間じゃないからさ」
「……は?」
 姉弟揃ってアイスと呼ばれた女性を頭からつま先まで眺める。彼女はくすりと笑うと、先程までの静謐な様子が嘘のように快活な声で話しだした。
「ブライアンさん、お二人びっくりしてるじゃないですか! 説明してなかったんですか?」
「本人見た方が早いかなってさあ」
「ふふ、改めましてこんにちは。サモン様の補佐をしております、正式名称アイスⅢです。アイスとお呼びください。私についてはまた後程。サモン様がお待ちです。……多分……」
 アイスが遠い目をする。ブライアンが察したように苦く笑った。
「実験中か?」
「はい……マスターと一緒に三日くらい……」
 直後。屋敷の奥の方から轟音が響いた。
「終わったな」
「終わりましたね」
 二人は何でもないように姉弟を見ると。
「先に寝泊まりする部屋案内するな! あと稽古場!」
「その後は客間でお茶を入れましょう。紅茶とコーヒー、どちらが良いですか?」

「これが……コーヒー……」
「南部の山脈付近でしか栽培できないレア物ですよ。あ、苦いのでミルクと砂糖入れてくださいね」
「砂糖!? 飲み物に!? 特別な日でもないのに!?」
 アレックスが叫ぶ。砂糖は超が付く程の高級品だ。故郷では一年に一度、新年を迎えた祝いのクッキーに使うのみだった。
「な、貴族の感覚ってびっくりするよな」
 ブライアンはそう言いながら、ぼとぼとと四角い砂糖をコーヒーと呼ばれた黒い液体に投入していく。
「……それ総額いくら……?」
「考えない方が良い!」
 最早薄茶色になったブライアンのコーヒーを眺めながら、震える手で四角い砂糖——角砂糖と呼ぶらしい——を一つコーヒーに入れ、小さいポットに入れられたミルクを回し入れる。レナックスは角砂糖を二つ入れていた。ブライアンは沢山だ。
「アイスさんは飲まないんですか?」
「私は飲食が出来ないんですよ。ということで、香りだけ楽しみます」
 益々謎が膨らむが、それも給仕が運んできた物で吹き飛んだ。
「…………これは?」
「プリンアラモードです。えっと……甘くて美味しいですよ!」
 アイスは説明を放棄したらしい。ぷるぷると震える黄色い物体も、それに乗った白い何かも、果物の切り身らしきものも、全てが未体験だった。
「それでは、この素晴らしき出会いを祝しまして」
「乾杯!」
 ブライアンがコーヒーに口をつけたので、アレックスも恐る恐る口をつける。奇妙な飲み物だった。苦くて少し酸っぱくて、けれども不味くはない。慣れたら美味しいかもしれない。
「不思議な味で……美味しい、かもしれないです」
「こら、アレックス」
「アレックスは大人舌だなー。俺は砂糖いっぱい入れないと飲めないんだ」
「ブライアンさん、子供舌ですからね」
「好き嫌いは無い方なんだけどなー」
 談笑する二人をよそに、姉弟はプリンアラモードとどう格闘するべきか悩んでいた。それに気付いたアイスが笑う。
「明日からはマナーも教えますけど、今日は好きに食べちゃってください!」
「……じゃあ……」
 スプーンで恐る恐る黄色い物体をすくう。口の中に入れた瞬間広がる、体験したことのない感触と甘み。思わず目を見開いたアレックスを見て、ブライアンが懐かしそうに笑う。
「俺も初めて食べた時そんな感じだったな」
「甘い……柔らかい……甘い……」
「貴族って凄……」
 そうして未体験の味に舌鼓を打ちながら、時間は過ぎていった。

「すまん、実験室の片付けに手間取った!」
 そう言いながら帽子を被った青い長髪の青年が客間に走って来たのは、全員がプリンアラモードを食べ終えて二杯目のコーヒーを飲んでいる時だった。
「あ、お久しぶりです、サモンさん」
「おう、おかえり」
「……ソフィエステッド卿!?」
 レナックスが悲鳴のような叫びと共に、アレックスを椅子から引きずり下ろして跪く。派手に転んだアレックスに驚いた顔をしたソフィエステッド卿は、気まずそうに目を逸らした。
「あー……この度は、勇者殿とご家族殿を大変お待たせしてしまい……」
「いえ! いくらでも待ちます!」
「姉貴、放して! 腕折れる! この怪力馬鹿! 馬鹿力! 馬鹿!」
「誰が馬鹿だ愚弟!」
「えっと……とりあえず落ち着きましょうか。サモン様はさっさと座ってください。貴族が立ってると私達も座りづらいんですよ。座りますけど」
 アイスが彼女の横の椅子を引く。サモンが腰掛けたのを見て、レナックスは漸くアレックスを放した。酷い目に遭った、とげんなりしながら再び椅子に座る。レナックスもそろそろと腰掛けた。
「改めて、サモン・フォーナ・ソフィエステッドです。ここまでご足労いただき感謝……」
「サモンさん、コーヒーと紅茶どっちします? あ、アレックス、ミルクきれたら言えよ! 持ってきてもらうから!」
「コーヒー。……勇者殿、うちの馬鹿がご迷惑をおかけしたりは……」
「いえ、愚弟の方が迷惑をかけておりますので」
「姉貴、ぐていって何」
「お前だ馬鹿」
「給仕さん! サモンさんの分のコーヒーお願い!」
「……出会ったばかりで言うのも何ですが」
「はい」
「ここはもう無礼講ということで……」
「そうしましょう」
 疲れた顔のサモンとレナックスを他所に、アレックスとブライアンはコーヒーを飲む。その様子を見て心底愉快そうにアイスが笑っていた。

「と、いうことで。改めて、ソフィエステッド家当主のサモンだ。これからよろしく頼む」
「レナックス・スタール・ルミネス・マーゼルゲイズです。これからお世話になります」
「アレックスです」
「せめてフルネームで名乗れ愚弟」
「無礼講って言ってたじゃん」
「こういう時だけ適応の早い……」
 本日二度目の姉弟喧嘩をサモンが微笑ましく見守る。三十歳前に見える彼は、国一番の魔術師としては酷く若く見えた。
「兄弟姉妹ってのは良いものだな。俺は一人っ子なものだから」
「何かと面倒ですよ」
「ほんとに!」
 喧嘩はテーブル下での足の踏み合いに移行した。それには気付かない様子で、サモンが話を続ける。
「それで、どこから話すかなんだが……大雑把に分けて、今後の日程と、ここでの暮らしと、国でのお前さんの扱いについてと、俺の娘についてと。どれから聞きたい」
「娘さんの話が独立してるのは何でですか?」
「サモンさんは親馬鹿だからさ」
「あんな健気で可愛い娘がいたらこれが普通だぞ」
「はいはい」
 ブライアンは己の主人を適当にあしらい、三杯目のコーヒーを飲んでいた。無礼講はこの二人にも適用されるのだろうか、と考えながら話題を選ぶ。
「じゃあ、これから何があるのか聞きたいです」
「分かった。……と言っても、でかいのは王への謁見とグランフォルド家への挨拶くらいだな。謁見は五日後だ。それまでに最低限のマナーは叩き込むからな。それで、グランフォルド家への挨拶だが……こっちは調整中だ。恐らく謁見の後だが」
「グランフォルド家……って玉華四家? ですよね。何で挨拶しに行くんですか?」
「お前さん達が東部に行く以上、軍の駐屯地には世話になるだろうからな。そこのところよろしくって挨拶だ。グランフォルド家は軍のトップだからな」
「トップ……サモンさんも何かのトップなんですか?」
「ああ。俺は魔法審問官を拝命している。分かりやすく言うと、国内の魔法や魔術の研究、及びそれらの産物の管理のトップだ。うちは前王国時代から魔術研究の家系だったからな」
 その辺の知識の教育も必要か、とサモンが呟いた。
「取り敢えず今日は残りの玉華四家を覚えとけ。王の親族であり政治の実質的なトップのミッドカルド家、それから勇者の末裔でこの街の教会を纏め上げているミッドゲイズ家だ」
「サモンさん、この愚弟勉強したことないので似たような名前は耳じゃ覚えられないです」
「ミッドミッド……?」
「……文字の読み書きは?」
「出来ます。……出来るよね、アレックス」
「うん」
「…………そうだな、後で重要事項は紙に纏めて渡すよ」
 今日は娘を紹介して終いにしよう、とサモンは席を立った。
「着いてきてくれ。勇者が来てるっていうのに、まだ研究するって籠もってるんだ」

 客間を出てサモンの書斎に入る。ブライアンが扉を閉じたのを確認して、サモンは引き出しの中を探り出した。首を傾げるアレックスの耳に、カチリと小さな音が響く。
「アレックス、そこの本棚、右に押してみろ」
「? はい」
 言われた通りに部屋の隅の本棚を押す。重そうに見えた本棚はするりと動き、その後ろから螺旋階段が現れた。
「そのまま降りてってくれ。あ、扉見つけたらノックしろよ」
「はーい」
 暗い階段に足を踏み入れると、勝手に壁のランタンが灯る。都会って灯りまで凄いんだ、と感嘆しながら石造りの螺旋階段を降りて行った。終着点にある金属製の扉を三回ノックする。少し待つと、中から扉を叩く音が聞こえた。
「姉貴、入って良いと思う?」
「良いんじゃない?」
 ゆっくりと扉を開くと、その隙間から十歳程の少女が顔を出した。
「……勇者?」
「えっと……娘、さん……?」
 確か彼女は十六歳だった筈。それとも自分の記憶違いだろうか。迷うアレックスを尻目に、少女は部屋の方を向いた。
「キャロル、勇者来たよ」
「今良いとこ! あと十びょ……あっやば耳塞いで!」
 直後、凄まじい轟音と共に扉の隙間から氷を纏った暴風が吹き出した。
「……あーもう、これだから魔術回路は……あいつがいたら機能検査楽なのに……」
 ぶつぶつと呟きながら、声の主が扉を開いて姿を現した。三角帽子を被り、桃色の長い髪を二つ結びにした小柄な少女だ。
「ごきげんよう勇者様。キャロル・フォーナ・ソフィエステッドと申し上げます。以後お見知りおきを」
 独り言との凄まじい変わりように言葉を無くしていると、後からやってきたブライアンがキャロルに呼びかける。
「ようキャロル! また失敗したのか?」
「ブライアン! おかえりなさい! 遅いわよ!」
 あからさまに笑顔になる少女を見て、姉弟は顔を見合わせる。禁断の恋、と唇を動かした。
「あ、アレックス、紹介するよ、キャロルだ。めっちゃ凄い魔術師なんだよ」
「……あ、もうそういう感じ?」
 アレックスを見る目が強気なものになる。恐らくこちらが本性なのだろう。
「キャロルよ。元々平民出身だし、敬語はいらないわ。よろしく。あと、ノック無くこの部屋の扉を開けたら燃やすからね」
「アレックスだよ。よろしく」
「……で、そちらの女性は?」
「アレックスの姉のレナックスです。よろしくね」
「よろしく」
 キャロルは優雅にお辞儀をすると、先程の幼い少女を部屋から引っ張り出した。
「ここで暮らすから、紹介しとくわ。フレイムよ」
「…………」
 少女は首で礼をすると、キャロルの背後に隠れてしまった。
「……ごめんなさいね、この子人見知りで。取り敢えず、お茶でもしましょうか」
「あ、もうしたぜ!」
 キャロルの口がぽかんと開かれる。
「…………え?」
 その後、客間で必死にキャロルを宥めるサモンが使用人達に目撃された。

 キャロルが機嫌を直した頃には、夕食の時間となっていた。ブライアンは妹を迎えに行き、そのまま家に帰るという。
「そんじゃアレックス、レナックス、また明日!」
 最後まで大音量のまま、軽快に馬を走らせていった。……そのままソフィエステッド家よりも大きな屋敷の影の方へ走っていったが、妹を預けている同期とは何者なのだろうか。
「アレックスさん、夕食ですが、サモン様達と食べるのと、ご姉弟で食べるのと、どちらにしますか?」
 与えられた部屋で寛いでいたところにアイスがやってきた。問われて脳裏に浮かんだのは、お茶が出来なくて拗ねていたキャロルの姿だ。
「今日はサモンさん達と食べます」
「分かりました。では、客間までお越しください」
 レナックスさんもお呼びしますね、とアイスが隣の部屋をノックする音が聞こえる。もう向かった方が良いのだろうか、まだだろうか、と部屋を歩き回っていると、もう一度自室の扉がノックされた。
「はい」
「愚弟。行くよ」
「名前で呼んでよ……」
 レナックスは愚弟呼びを気に入ったようで。げんなりとしつつ客間に向かえば、既にキャロルが席に着いていた。
「どこでも良いわよ。あ、アレックスは私の隣に座るとサモンがキレるから」
「何で?」
「うちの娘はやらん! って。親馬鹿なのよ、本当」
 沸点が低い父娘だ。どちらに似たのだろうか。
「……キャロルは自分の親を呼び捨てなの?」
「だって、十二歳しか違わないんだもの。父娘っていうより歳の離れた兄妹よ」
「昔は師匠ってくっついてきたのになあ……」
 どこから聞いていたのか、溜息を吐きながらサモンがキャロルの隣に座る。結果、姉弟と父娘が揃って向かい合う形となった。
「それで、自己紹介だけど。どこまで知ってるのかしら」
「ブライアンが、国で二番目の魔術師だって言ってた」
「後は?」
「十六歳って」
「…………後は?」
「……特に?」
「そう」
 あからさまに落胆した表情を見て、レナックスと顔を見合わせる。この態度は、やはり。
「キャロルって、ブライアンのこと」
「今日は歓迎の日だからな! 沢山食えよ!」
 あからさまに言葉を遮ったサモンの態度で察する。
 キャロルは、ブライアンのことが好きなのだ。
 ……だとすればアレックスに娘を取られる心配などしなくても良いと思うのだが、やはり嫌なのが親心なのだろう。
「……まあ良いわ。明日から私が魔術を教えるからね。あと、研究に付き合いなさい。身の危険は無いから。……多分」
「今多分って言った?」
「神聖魔法は教会の協力が無いと研究出来ないから、サンプルが屋敷にいてくれると助かるのよね」
「サンプルって何?」
「……あー、アレックスが嫌なら付き合わなくて良いぞ」
「家に置いてもらってるし、出来る範囲で……あと安全な範囲で……」
「大丈夫よ。ちょっと魔法を吐かせるだけだから」
「キャロル、食事の場で吐くとか止めなさい」
 …………ブライアンも、中々アクの強い少女に惚れられたものだ。

「そういえば、魔法と魔術って何が違うんですか?」
 見たことも無いサイズの肉——ステーキと呼ぶらしい——を頬張りながら尋ねる。問われたサモンは少し考えた後、口を開いた。
「大前提、魔術は魔法だが、魔法は魔術ではない」
「?」
「魔法の中の一部を魔術と定義しているんだ。更にでかい定義になるとまじないがあるんだが、これは定義がでかすぎるから止めておこう」
「私が王都で修行していた時は、攻撃魔法は魔術と呼んで、回復魔法や僧侶の攻撃魔法は魔法と呼んでましたね」
「ああ。一般的な運用はそんな感じだな。詳しく定義を説明すると、魔法の定義は『魔力を消費して願った事象を起こす』こと、魔術の定義は『再現性を持った魔法』だ」
「再現性?」
「やり方さえ同じなら誰でも同じことを出来る、ということだ。まあ、使用者の感覚頼みで使用方法が体系化されてないのが魔法、理論に基づいて使用方法が体系化されてるのが魔術、とも言えるな」
 よく分からない、と首を振る。
「そうだな、魔術の特異性は使ったことが無いと分かりにくいからな……お前さんは何の魔法が使える?」
「ヒールⅠとスターライトⅠが使えます」
「それを使う時、一々使う魔力量を定義して、変換して、操作して、なんてやってるか?」
「やってない……です。多分」
「そういう七面倒臭いことを定式化して、その方法さえ覚えれば全員が同じ魔法を使えるようにしたのが魔術なんだ。勿論必要な魔力量や技術の制限はあるけどな。便利なもんだよ」
「……便利、なんですか?」
 何となくこうすれば魔法が使える、が分かるアレックスとしては、戦闘中に細かいことまで細分化して考えて魔術を使うのはどう考えても不便だ。
「便利だよ」
 サモンの代わりに答えたのはレナックスだった。
「私がスターライトを使えないの、何でだと思う?」
「え……姉貴の魔力が少ないから?」
「いいや。一発分はある。使い方がよく分からないんだよ。ヒールだって自分で怪我して母さんに治してもらって、魔力で怪我が治るって感覚を繰り返しまくって覚えたんだ」
「えー、こう、魔力をぐって込めて、分けて尖らせて、行け! って思うだけだよ」
「……とまあ、これが魔法の才能がある奴と無い奴の差なわけだ。この感覚で処理されている部分を出来る限り具体的に言語化してやって、ついでに効率的に画一的に組み立てたのが現代の魔術、『新式魔術』だ。俺の主な研究だな」
「補足しとくと、この言語化した最小単位を『式』って呼んで、この式を組み合わせまくって複雑な独自の魔術を作るのが『古式魔術』よ。今は失われた技術ね」
 効率的な新式と複雑な古式、と脳内で繰り返す。……では、何故自分の魔法は「魔法」なのだろうか。
「で、僧侶が使う神聖魔法や回復魔法ってのが面倒な代物でな。まあ非効率的で習得も感覚頼みなんだが、僧侶の修行の過程で覚えられない奴が弾かれるから僧侶は全員その辺の魔法を使えるって寸法だ。おまけに信仰心や共感で非効率でも威力を出せるときた」
「信仰心や、共感で……?」
「お前さん、行け! って思うって言ってたろ。それだよ」
 首を傾げる。
「……人の強い意思には力が宿る。何もかも未解明の力だ。僧侶や勇者の魔法は、その力で魔法を強化して、実用に耐える威力と魔力効率にしてるんだ。カナエールが願いの女神なのと何か関係があるのかもしれんが、さっぱり分からん。少なくとも俺には魔術の才能はあっても魔法の才能は無いらしい。気合を入れても適当に撃っても、魔術の威力は一切変わらないからな」
 逆に言えば、と続ける。
「それが解明出来れば、将来的には魔力が無い人間でも魔術のような現象を起こせる可能性がある。いや、現に東部にはそういう技術を持ってる集団がいるらしい。それを一般化出来れば、誰もが魔術を使える時代がやってくるんだ。そうすれば、今より生活水準も医療水準も遥かに上がる」
「……私の研究は、この意思の力の解明。そういうわけで、実際に意思の力を使える貴方の協力が欲しいのよ。東部に着いていくのもそれが理由だしね」
 夢を語る父娘、あるいは師匠と弟子は、全く同じ目をしていた。何もかもを貫くような、それでいてどこか優しい目だ。
 ……この人達は、人々に幸せになって欲しいのだろう。それも、世界中という広大過ぎる範囲の人々に。
「……俺に出来ることなら、精一杯やります」
 アレックスの宣言を聞いて、キャロルがどこか安堵したように笑った。

「ところでお前さん、魔力制御の訓練はしたことあるか?」
 デザートの白い半液体——ヨーグルトと呼ぶらしい——を食べていると、サモンがそう尋ねた。
「制御?」
「具体的には、自分の操作技術を超える魔力を使わないように出力を抑える技術だ。操作よりは簡単だが、やるには暴発を脇で抑えられる協力者が要る」
 聞けば、祝福の暴走の話をブライアンから聞いたのだという。
「俺の研究のメインは『新式魔術』だと言ったが、残りは後天的な魔力生成器官の形成とその制御だ。魔術の威力を最大限軽減するための部屋もあるから、ここにいる間に出来る限り出力を制限出来るようになっておけ」
「ま、その辺を教えるのが私ってわけ。制御の研究はしてないけど、サモンの論文は全部理解してるし任せときなさい」
「……論文……?」
「……私はこういう研究をしてこういう成果を出しました、こういうことに使えるかもしれません、って文書。うちはこれ沢山書かないと権限没収されるのよ。地位まではそうそう取られないけどね」
「その上魔術兵器だの遺跡だの重要資料だのの管理やら監視やら摘発やら……国は俺を殺す気かっての……つうか摘発は他の奴にやらせろよ俺は研究と屋敷の改造だけして引き籠ってたいんだっての罪人共の面倒まで見てられるかというかそもそも——」
 その後続くサモンの愚痴は、右から左へと通り過ぎていった。顔を見る限り、レナックスもキャロルも同じようだ。
 何だか難儀な人だな、と少し同情したのだった。

|