すべての道は
← 千秋楽はやってこない 前の話|次の話 匂い →
魔法の一つに占いがある。
門外漢から見れば不思議な予言としか見えないそれは、珍しく原理から応用まで解明された非常に「確実な」魔法だった。空に問いかければ、星々が答えを教えてくれるのだ。星は何千年もの歴史から隣の家の朝餉まで全てを見ている。その膨大な情報と圧倒的な数による集合知から導かれる予測は正確無比。おまけに星は総じて善良なので、偽りを教えられることはない。
「星が教えてくれる」なんて有り得ない? 星は考えるし喋るものなのだ。彼らの大抵は永遠にも似た寿命に飽き飽きし、人からの交信を心待ちにしている。
勿論相応の魔力は必要となるが、一度星と繋がってしまえば後のことはほとんどを星がこなしてしまう。そのため、占いは優れた魔法使いにとって非常に簡単な魔法だった。
一方、マゼンダが最も苦手な魔法も占いであった。
勿忘草の花弁、野苺の種、最後に小指ほどの瑠璃の欠片。すり鉢にそれらを放り込み、色が均一になるまですり潰す。魔法の言葉を吹き込みながら。
「『風は囁く。森は謳う。星は輝き欠片が落ちる……』」
夜の藍色になった中身を魔法的純水に溶かし、水面に星空が完成するのを待つ。魔法の言葉を唱えながら。
「『風は囁く。森は謳う。星は輝き欠片が落ちる。その叡智を我に授けたまえ。風は……』」
指一つ触れていない水面が波立つ。知りたい未来は単純な内容、明日の天気。この際当たっていても外れていても良かった。兎に角、天気らしいものが映ってくれるのならば。
水面が鎮まっていく。そこに映ったのは空でも、景色でもなく。金の長髪に青いマントを羽織った、青年と思わしき人物の後ろ姿だった。
「……ああー! また失敗! 何なのよその男、もう百回は見たんだけど!」
振り上げた手を壁に叩きつける。べちべちべちべち、と暫くの間叩き続け、痛みを覚えた辺りで漸く止めた。
「ねえ、ウィスプ座か聖堂座か軍旗座か知らないけど! あたしの守護星座なら天気くらい教えなさいよ!」
魔法使いにはそれぞれ繋がる星座がある、というのは魔法使いの常識だ。だが、マゼンダの星座は随分と捻くれ者のようだった。
「……いつまで経っても一人前になれないじゃない」
占いを当てることは、一人前の魔法使いの大前提と言っても良い。そのせいで、いくら他の魔法が優秀だとしても、マゼンダは落ちこぼれだ。
「……また明日やるか」
材料はまだ残っている。器を洗う気力も無く、ベッドの中へ飛び込んだ。
『マゼンダ』
聞き覚えのない声が自分を呼ぶ。
『マゼンダ』
喧しい、と目を開く。闇の中にぼんやりと浮かぶのは、度々自分を苛立たせてきたあの男だ。枕を投げつけ叫ぶ。
「うるっさいわね! 来るんなら現実で来なさいよ! そしたら占いが当たるんだから!」
そうしてまたベッドに潜り込んだ。夢の中なのに、という思考が一瞬走ったが、意識はあっという間に沈んでいった。
「……うっげ、あれ夢じゃないの?」
翌朝マゼンダが見たのは、ベッドから部屋の端まで見事に大移動を遂げた枕だった。貴重な薬品や揮発性の劇薬に当たらなかったのは不幸中の幸いだろう。
「器そのまんまにしたから……? ていうか、詠唱無しで発動してるのなんなのよ。こちとら寝てたっての」
悪態をつきながら部屋を片付ける。魔法を発動させる意志もなしに占いが発動した理由については皆目見当もつかない――わけでもない。
占いは星の囁きによって行われる。あの男が、そこまでして知らせたい「何か」であるならば、昨夜の現象も、今までの失敗も説明がつく。
問題は、彼がもたらすものが富や名誉なのか、破滅なのかということだ。
「……駄目元で引っ越す?」
幸い今の住居を離れても悲しむ者はいない。この場所から離れれば占いも使えるようになるかもしれない。そうなれば良いことずくめだ。そうと決まればと、移動用の魔法に使うための道具を取りに家の扉を開いた。
そこには、酷く見覚えのある見知らぬ青年が立っていた。
「……ここに、見習いの魔法使いがいると聞いたんだが。貴女か」
当たってしまった。生涯の何百回もの占いが、全てこの一瞬で。
「ええ、あたしよ。ただし、今まさに一人前になった魔法使い!」
出会ってしまった。破滅か幸福か、何か凄まじいものを運んでくる者に。
ならばもう、進んでみるしかないのだろう。
← 千秋楽はやってこない 前の話|次の話 匂い →