おやすみ愛い人
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ブルースが熱を出した。どうも不眠気味らしいというのは把握していたが、よもや夕食の最中に倒れるとは。助け起こした彼の身体は酷く重かった。
「何か、欲しいもんある?」
「……水」
ただの風邪であることを願いながら、水差しを寝室に運んでやる。身体を起こし、恐る恐るといった様子で口をつける様子は、拾われてきた野良猫のようで。
「ブルース、もしかして薬嫌いなん?」
「……何で?」
「いや、何か混ぜてへんか疑っとる態度やん」
途端にむすりとした顔に変わった彼は、意を決したように水を飲み干した。
「……俺、生まれつき毒魔法使えるじゃん」
「らしいなぁ」
「だからか、薬を飲むと変に作用することがあってさ。でも薬飲んで悪化するとか信じてもらえねえから、こっそり捨ててた。……その時の癖」
疑ってごめん、と謝る彼は子犬のようだった。
「けど、薬飲めへんならたっぷり眠らんと」
「……寝れるかな」
「まさか眠り薬飲むわけにもいかんしなぁ」
そもそも手持ちの薬といえば、熱冷ましと解毒剤程度しかない。
「寝れへん原因、何かない?」
「どうだろ……昼寝はしてないし、俺そもそも眠りが浅いから」
「あー……旅の間とか、えらい敏感やったな」
仲間を起こすと一緒にブルースが起きてくるのは恒例行事だった。そんな眠りの浅さでも旅の間に彼が倒れなかったのは、相当気を張っていた結果だろう。
「家の中くらい、安心してええのにな」
「……家も、別に安心じゃなかったから。人んちだし。教会とか軍は息が詰まるし」
彼は元々孤児だという。だとすれば、そもそも安心して眠れる環境が無かったのだろう。寒さだとか、魔物だとか、他人だとか。
「……今も、怖い?」
問うと、彼は目を逸らした。そのままもぞもぞと布団の中に埋まってしまう。鳶色の両目と空色の髪の毛が、ひょっこりと顔を出していた。
「……ちょっとだけ。……こんなに幸せだったこと、無かったから」
手放す気は無いけど、万一無くしてしまうのが怖い。小さい声で語ると、彼は布団の端を握りしめた。
「ごめん。熱のせいだ。ちょっと弱気になってる」
「ええって。たまーにしか聞けへんし、ブルースの弱音」
「……だって、格好悪い……」
「ええの。どんなブルースも好きやで?」
飛び出た猫毛を掬って遊ぶ。てっきり逃げるかと思ったが、彼はそのまま自分の手に頬を寄せた。
「……じゃあさ、寝るまでここにいてほしい。伝染ると悪いし、寝たら隔離してていいから」
「いるだけでええの?」
「う……」
目が暫く彷徨った後、伺うように伸ばされた手が、触れるくらいの弱さでリンの手を握った。
「……手、握ってて……」
「ん、ええよ」
しっかりと握り直してやると、安心したように笑う。空いた手で布団の裾を直してやって、少し落ちかけた瞼にキスを落とす。
「おやすみ。ええ夢を」
「うん、おやすみ……」
その後繋いだ手を放すに放せず、起こさないようにこっそりベッドに潜り込んで朝を迎えたのはまた別の話。
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