真冬の夜の怪談

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「怖い話?」

 ブルースが眉を顰める。男子勢のテントは男五人にはやや狭く、身を寄せ合っているため必然的に潜めた声になった。

「夏といえば怪談なんだって」
「ここ雪原だぞ」

 ブロントのマントの中にブルースが収まる。同じようにクロウのマントに収まったルファが、「だからこそです」と続けた。

「そもそも呪術的に見立てというのは重要な儀式でして、つまり夏に行う儀式を今ここで行うことで、この場を呪術的に真夏の夜とするのです」
「……寒さでルファが壊れた」

 クロウの呆れ顔を見るに、発起人はルファらしい。

「俺は怪談の持ち合わせが無いから、お前達で勝手にしてくれ」
「俺も無い」
「私はありますよ! そうですね、昨年の魔力増幅剤の製造現場でも」
「それ、人体実験とかしてたから戦争後に廃止したとこだよね!? ただの闇が深い話だよ」

 わいわいと騒ぐ四人は、思いの外ルファの提案に乗り気らしかった。

「怪談って、正しいことじゃなくてもいいんだよな。迷信とか」
「何か持ち合わせがあるんですか!?」
「まあ、一応」

 途端にルファが背筋を伸ばし、クロウの肩にぶつかった。クロウが顔をしかめ、ジルバが笑いを堪える。

「そうだな、ここら辺が俺とブロントの故郷なのは知ってるよな」
「……ああ」

 滅びた街だ。ジルバの顔が沈む。

「別に気にすんなよ。それで、うちの街は近くに湖があってさ。冬の間の貴重な食料源だから、漁師がよく漁に出てた」

 ――それで、その湖には奇妙な魚がいるんだ。特に害があるわけじゃない。寧ろ良いことづくめだった。簡単に獲れて、身が大きくて、しかも美味いんだ。当然漁師達はそいつを狙う。毎日とは言わねえけど、少なくとも冬の間はずっとそいつが市場に並んでた。
 それだけなら只の都合の良い魚なんだけどな。うちの街にはある言い伝えがあるんだ。「自分で獲った魚を自分で食うな」ってさ。変だと思うだろ?
 それを面倒に思った漁師も当然いたさ。何で自分で獲った魚を自分で食えないんだってな。そういう奴らは当然獲りたてを食ってた。一番美味い食い方だからな。ここまで話せば察しただろ?
 迷信には必ず理由がある。そいつらはある日、漁から帰らなくなるんだ。
 ある漁師がいなくなった次の日だ。そいつの友人が漁に行くと、一際でかい魚が釣れたんだ。ヒレの右側に、大きな切れ込みが入っていた。……前日にいなくなった漁師は、右足に大きな傷跡があったらしい。

「……王道ですねえ」
「その魚は水の精霊の呪いだとも言われててさ。加熱すりゃ本当に無害だけど、生で食うと人の身体を冒していくんだ。どんどん侵食されて、最終的に魚になってしまう……ってさ」
「あの魚、よりによって生が一番美味しいんだよね。食べてみたかったなあ」
「ああ。禁漁種にされたから、餓鬼の頃は結局食えなくなってたもんな」
「残念だな。味の感想くらいは聞きたかったんだが」
「ああ、それなら好きなだけ言えるぞ」

 クロウが首を傾げる。料理好きなジルバが身を乗り出した。ルファは何かを察したらしく、クロウのマントにしがみついた。

「今日釣って刺身で食った魚。あれだったみたいだ」

 そう言って服を捲ったブルースの足の付根には、海色の鱗があった。

「…………!」

 無言の叫びがジルバとクロウの喉から迸った。

「消化する前なら吐かせれば」
「ブルースに症状が出ているならそれでは間に合わないだろう! 魔法でどうにかならないのか!」
「まあまあ、落ち着いて?」

 ブロントがのんびりした調子で二人を制止する。ブロントはタネを知っていた。

「取れるよ。この鱗」
「…………はい?」

 心底怯えた表情をしていたルファが、気の抜けた声を発する。ぺり、と鱗を剥がし、ルファに放ってやった。

「っぎゃあああ!」
「害はねえよ、ただの鱗だし。あ、街で硝子細工って言えば売れるかもな」
「……どこから、嘘?」
「魚については大体全部。流石に食ったら魚になる魚はいねえよ」
「……洒落にならん嘘を……」

 見事に騙された面々が恨みがましい声を向ける。

「ふふ、見事に騙されたね、僕らの十八番」
「あ、話を考えたのはブロントだからな」
「訓練時代はこれで教官を怖がらせてたよね。あの魚南下するんだ、とか言って。楽しかったなあ」
「お前が話せよ」
「僕嘘は吐けないからさ?」

 和気あいあいと話す様子を見て、ルファも漸く安心したらしい。

「じゃ、背筋も冷えたところで……」
 その時だった。テントの外から並々ならぬ殺気が近づいてくるのに、全員が気付いた。即座に己の獲物を構え、互いに背を預ける。殺気の主は尚も近付き、とうとうテントの入口が開き――
 どんな魔物よりも恐ろしい、怒れる存在がそこにはいた。

「おいルファ。今が何時かぁ知らないとは言わせないからな?」
「楽しそうやねぇ。ウチらも起きてもうたわ」
「安眠妨害って知ってるかしら?」

 その夜の彼女達は、魔王よりも恐ろしく見えたという。

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