最後の街、最初の勇者:3

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 青年は勇者になった。何ということはない。条件を満たして、神殿で転職をして。それで終了だ。

「おめでと」
「おうよ」

 まだ日は高い。城壁の上で、いつかと同じように並んで座る。

「ギルマスからあの話聞いたか」
「どの話よ」
「魔物を使役できるっつう道具の話」

 一個貰った、と青年が取り出したそれを受け取る。魔法陣のようなそれを四方から眺め回しても、魔法に疎いシガナにはよく分からない。イテアに見せれば何か分かるのだろうか。

「リスクはあるけど試してくれってさ。てことで地下行くぞ」
「……人使いの荒い奴ね」

 道具を返せば、乱雑に道具袋に放り込む。村での一件以降、青年の行動に雑さが目立つようになっていた。魔物を使役できるなど、余程繊細な道具のはずだ。壊れていないと良いが。

「……あんた、良いの?」
「何が?」
「魔物を味方にすること」

 すぐに後悔する。かく、と動きを止めた青年の瞳は、あらぬ方向を向いていた。ぶつぶつと何かを呟いた後、関節の錆びた人形のように振り向く。

「味方じゃない。あいつらを道具にしてやるんだ」
「……あんたが納得できるなら良いけど」

 さっさと行くぞ。そう言うやいなや、シガナを置いて下り階段へと歩いていってしまう。自分より大きい歩幅の青年を追いかけながら、短い影を見た。
 二人の影は綺麗な形をしているのに、歪に見えてしまうのは何故だろうか。答えを知っている問いを抱えながら、気を抜けば遠くなってしまう背中を追いかけた。



「すげえ、マジで言う事聞くんだな」

 ゲトが感嘆の声を漏らす。突然駆り出されても文句も言わずに着いてきた彼だが、門番の仕事はどうしているのだろうか。青年が完全に引き抜いてしまったのかもしれないが。

「安全のためにゴブリンで試したけど、この性能ならもっと強い魔物も使役できるはず」
「はは、そしたら大分楽になるな」

 今のパーティは勇者に忍者に騎士と、後衛が不足していた。魔法を使える魔物を使役すれば、パーティのバランスは相当良くなるはずだ。少なくとも、勇者が攻撃ではなく回復に駆り出される今の状況からは脱せられるだろう。

「良いな。俺が奴らをぶっ殺すのに集中できる」
「……私達のことも守ってよ?」
「当たり前だ。お前らは……」

 続く言葉を綴ろうとした口が、かぱりと開いたまま動かなくなる。この野郎、駒とか言おうとしたんじゃないでしょうね。胸の内で毒づきながら、シガナは青年を小突いてやった。

「ちょっと。言い淀まないでよ」
「悪い。その……」

 珍しくしどろもどろな青年をもう一度小突く。あ、う、と言葉にならない声が漏れた。瞳が右往左往し、珍しく年相応の表情をした青年は、やがてぷいと上を向く。

「大事な、仲間とか……クソ恥ずかしいだろ」

 呆気にとられたシガナの顔を見て、青年の頬が赤く染まる。照れ隠しのようにずんずんと歩き出した背中を、ゲトが音を立てて叩いた。

「何だ何だ、若いな! 看板娘はライバルが多いぜ?」
「うるせえ! 誰もそういう意味だなんて言ってねえだろ!」
「はは、そういうことにしていてやるよ」
「し、シガナだけじゃねえし! イテアもお前も絶対に守るなか……」

 そこまで言って更なる失言に気付いたらしい。すっかり茹だった顔で上り階段への道を走り去ってしまった。

「……何あれ……」
「ふふ、シガナちゃん、更に面白いものを見てみない?」

 イテアがソラミルを唱える。目論見通りのタイミングだったようで、迷宮の出入り口から駆け出してきた青年がゲトにぶつかった。

「あ、おま、その、さっき」
「ラブコールありがとう。嬉しかったわ」
「ち、ちち、違えし!」

 イテアにからかわれた青年が迷宮に逆戻りしていく。どうせ奥まで進まないだろうと、廃屋となった家の中で談笑しながら彼を待った。日が傾いてきた頃に彼は漸く戻ってきて――彼の赤い頬は確実に夕日のせいだけではない――むすりとした顔で、宿! と叫んだ。そしてまたずんずんと宿への道を歩いていく。何やら含みのある笑顔をした二人から別れ、シガナも後を追った。

「ねえ、さっきのだけど」
「知らねえ。覚えてねえ。忘れろ」
「……あたしも、その……まあ、良い仲間だと、思ってるわよ」

 顔を見られないようにと、大きい背中を追い越す。彼の影が止まったのを見て恐る恐る振り向くと、彼は泣きそうな顔でシガナを見つめていた。眉が、目が、口がくしゃりと歪んで、そうして不格好な笑顔を作った。

「……はは、ありがとな」

 それは、初めて見た彼の笑顔だった。

 そして、シガナが地上で最後に見た彼の姿だった。

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