ドリームキャッチャー
← 笑ってほしい 前の話|次の話 →
隣の恋人が身じろぐ気配で目を覚ます。夜に弱くぐっすり快眠のリンが、その程度で起きるのは珍しかった。
「……悪い、起こした?」
「気にせんといて」
まだ動く予定でもあるのか、ブルースがベッドの端へごろごろと転がる。窓から差し込んだ月明かりが、彼の顔を青白く照らした。あまり顔色が良くない、と思う。彼はいつも白っぽい肌をしているから、自信が無い。
「眠れへんの?」
「ちょっと」
生活する時間帯はリンに合わせてくれているものの、彼は随分夜型だ。曰く、暗いと目が冴える、と。
「満月だから、寝れなくて」
「あー……何かざわざわするの、分かるわ」
夜は魔王の象徴だという。加えて視界の良い月の夜は、魔物の襲撃が多かった。
「……少し、喋っててもいいか」
「ええで。……なるべく眠らへんようにするけど……」
ふ、と笑った気配がした。再び転がってリンの隣に戻って来ると、内緒話をするように声を潜める。
「夜闇は闇の精霊の象徴だけど、うちの街では、月が水の精霊の象徴だったんだ」
「光の精霊とちゃうんや」
「俺も不思議だったけど……多分潮の満ち干きが伝わって、そういう信仰になったんだ」
はえー、と間の抜けた声を出せば、ブルースが笑みを零す。
「だからか、満月と新月は少し寝づらくてさ。本能的な何かが、こう……高鳴るみたいな。水属性だからだと思う」
「野生動物みたいやな」
「人間らしく、夜は俺も寝たいんだけど」
恨みがましく答えると、彼は一つ大きな伸びをした。
「……寝れそ?」
「駄目かも」
「あちゃー」
リンの瞼はすでに限界が見えていた。それでもこの気の毒な恋人に付き合ってやるべく、浮かんだ言葉をそのまま流す。
「けど、夜が魔王って嫌な話と思わん?」
「そうか? 割と妥当だと思うけど」
「だって、夜がどうこうって、要は寝る時間とか睡眠やん。絶対ええ夢見せてくれへんやろ、あいつ」
「……あの性格的に、むしろ醒めない幸せな夢とか好きそうだけどな」
相まみえた赤い双眸を思い出したのか、ブルースが苦い顔をした。
「ほんなら、夜はブルースがええわぁ」
「んな大層な。もう眠いか?」
大分言葉が滅茶苦茶な自覚は、無くはない。
「だってな、ブルースが隣におるようなって、嫌な夢見いひんくなったんよ」
「……そっか」
少し冷たい、優しい手が額を撫でる。少し肌に引っかかるマメすら愛おしい。
「良い夢見ろよ。おやすみ」
「……ブルースも」
「悪い夢を追い払ってから寝るよ」
「……ん、よろしく……」
筋肉質な腕を、枕代わりに抱き寄せる。恋人が珍しく気の利いていそうなことを言っていた気もしたが、迫る眠気の前では些事だった。
← 笑ってほしい 前の話|次の話 →