最後の街、最初の勇者:2


 賢者が封印した、迷宮の出口。一縷の望みを懸けて登った梯子の先は、魔物で溢れた廃村だった。どうせ勇者の試練前の気晴らしだしな、と嘯きながら青年は周囲を見渡す。その目が崩れかけた小さな神殿を捉えた。あ? と疑問を孕んだ音。真紅の瞳が、瓦礫から、道から、かつての面影を見出す。

「……俺の、村」

 掠れた声が響く。青年は仲間達の静止も聞かず、家の残骸が転がるかつての村へと駆けて行った。あの馬鹿! とシガナがそれを追う。

「くそ、あいつら速いな」
「私達が追っても、見失うだけね」

 引き抜いといて速攻置いてけぼりか、と重装備の青年――元門番のゲトが愚痴を零す。

「あの二人が魔物に負けるとも思えないし、私達はここで待ちましょう」
「ああ。むしろ、この辺りの魔物を全滅させるくらいはやりそうだ」

 ところで、とゲトが問う。

「ここは何なんだ? あいつが自分の村だって言ってたが」
「師匠が封印した場所よ。石版によると、師匠が迷宮でこの出口を見つけて、訪れた時には魔物の被害が及んでいなかったらしいわ。でも、その後すぐに魔物に襲われて滅びてしまったらしいの」
「……それは、随分間が悪いことだったな」

 折角希望が見えたと思っただろうに、と口にしたところで、ゲトはふとその口を閉じた。なあ、と真剣な目でイテアに問いかける。

「……もし、お前の師匠が大きすぎる罪を犯していたら……お前は、どうする?」
「せめて、後始末だけでもするわ」
「それすら出来ないようなことをしでかしていたら?」

 何が言いたいの、とイテアの喉から硬い声が響く。

「冒険者達を殺した、それ以上の何を師匠がしたって――」
「ここを滅ぼした」

 僅かな沈黙が流れる。それを破ったのは、ゲトでもイテアでも、ましてや走っていった残りの二人でもない。四人が今しがた出てきた迷宮の出口をくぐり抜けた、数匹のゴブリンだった。
 グギャギャ、とひび割れた声と共に現れた人擬きの醜い生物は、日の光をほんの数秒浴びて、火炎と共にその生命を終えた。炭に変わったそれらを憐れむような目で見ながら、ゲトは吐き捨てるように語る。

「楽園の門だの迷宮だのと大騒ぎして忘れてたが、結局のところ世界を滅ぼした『冥界の門』の中なんだよ、あそこは。……そこの出口を開けば、そりゃ魔物が出てくるよな」

 同じ頃、村の残骸の中では、広場だった場所の中心に青年が佇んでいた。足元には魔物の死骸が転がり、剣も鎧もその髪と同じ赤に染まっている。

「……と、ちょっと! 気持ちは分かるけど、一人で走っていくなんて死ぬ気!?」

 追いついたシガナが体当たりのような勢いで青年に掴みかかる。屈強なはずの身体は、簡単に後ろへと倒れ込んだ。慌てて身体を起こしたシガナを、焦点の合わない目で青年が見据える。

「……クソガキ共が、ここに逃げてきたんだ」

 何、いつの話? と焦りの残った声でシガナが問いかける。

「こっそり村から出たら怪物が出たって……それで、何かの見間違いだろうって、俺らが見に行った」
「本当にいたんだよ。角と尻尾が生えてて、でけえ剣持った化物が、嬉しそうに喋り倒してきてさ」
「逃げた。逃げたさ。村に戻って皆を家に籠もらせて、武器持って待ち構えてた」
「あいつは来なかった。あいつ『は』来なかった!」

 節くれだった指が、痣が残るような強さでシガナの腕を掴んだ。僅かにあがった悲鳴に気付くこともなく青年はまくし立てる。

「化物共が来やがった! 見たこともねえ奴らが、全部、全部ぶち壊していきやがった! 仲間も年寄りもガキ共も全部全部全部全部!」

 腕をへし折らんばかりに指に力が籠もる。

「あいつだ。あいつが連れてきたんだ。何で忘れてた? 忘れた? 忘れてねえ。俺はもう忘れねえ」

 みしり、と掴まれた部分から音がした。

「消え去る? 解放される? させねえ、魂引き戻して――」

 そこで声は止められた。シガナが空いていた手で眠り草を無理やり口に詰め込んだためだ。もがもが、とくぐもった声を出した後、青年の身体からふっと力が抜けた。
 痛む腕をさすりながら、彼女は周囲を見渡した。

 あの日の希望がどこかにまだ落ちているのではないかというように、足元の壊れてしまったそれから目を逸らすように。